大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)3157号 判決 1976年3月29日
原告 山本安太郎
原告 山本イヨ
原告 山本二郎
原告 山本和子
原告 山本恵美子
右原告等訴訟代理人弁護士 西岡芳樹
被告 江川和子
被告 江川智子
被告 江川恵子
被告 江川喜代志
被告 江川太栄子
被告兼右二名法定代理人親権者母 江川富子
被告 内村増行
被告 金マサ子
右被告等訴訟代理人弁護士 岡田和義
同 木村五郎
右訴訟復代理人弁護士 臼田和雄
主文
一、被告江川富子、同江川和子、同江川智子、同江川恵子、同江川喜代志、同江川太栄子は、原告らに対し、別紙目録(一)記載の家屋を収去し、同目録(二)記載の土地を明渡せ。
二、原告らの右被告らに対するその余の請求を棄却する。
三、被告内村増行、同金マサ子は、原告に対し別紙目録(一)記載の家屋より退去せよ。
四、訴訟費用は二分し、その一を原告らの負担、その余を被告らの負担とする。
五、この判決は、原告らにおいて連帯して金三〇万円の担保を供するときは、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。たゞし被告らにおいて連帯して金四〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
一、請求の趣旨
(一) 被告江川富子、同江川和子、同江川智子、同江川恵子、同江川喜代志、同江川太栄子は、原告等に対し、別紙目録(一)記載の家屋(以下本件家屋という)を収去し、同目録(二)記載の土地(以下本件土地という)を明渡せ。
(二) 被告内村増行、同金マサ子は、本件家屋より退去せよ。
(三) 被告江川富子、同江川和子、同江川智子、同江川恵子、同江川喜代志、同江川太栄子は、原告らに対し、連帯して次の金員を支払え。
(1) 昭和三〇年四月末日から同三一年一二月末日まで毎月末日毎に金二七五円ずつ。
(2) 同三二年一月末日から同三二年三月末日まで毎月末日毎に金五一五円ずつ。
(3) 同三二年四月末日から同三三年三月末日まで毎月末日毎に金五一一円ずつ。
(4) 同三三年四月末日から同三六年三月末日まで毎月末日毎に金五〇六円ずつ。
(5) 同三六年四月末日に金四八〇円。
(6) 同三六年五月末日から同三九年三月末日まで毎月末日毎に金六三〇円ずつ。
(7) 同三九年四月末日に金六一八円。
(8) 同三九年五月末日から同四一年三月末日まで毎月末日毎に金九〇八円ずつ。
(9) 同四一年四月末日に金八九三円。
(10) 同四一年五月末日から同四二年三月末日まで毎月末日毎に金一、三〇三円ずつ。
(11) 同四二年四月末日に金一、二八三円。
(12) 同四二年五月末日から同四三年三月末日まで毎月末日毎に金一、八三三円ずつ。
(13) 同四三年四月末日に金一、八〇六円。
(14) 同四三年五月末日から同四四年四月末日まで毎月末日毎に金二、八〇六円ずつ。
(15) 同四四年五月末日から同年一〇月末日まで毎月末日毎に金三、六八三円ずつ。
(16) 同四四年一一月末日から同四五年四月末日まで毎月末日毎に金三、五八七円ずつ。
(17) 同四五年五月末日から同年一〇月末日まで毎月末日毎に金五、〇八七円ずつ。
(18) 同四五年一一月末日から同四六年三月末日まで毎月末日毎に金四、八五〇円ずつ。
(19) 同四六年四月一日から同四七年八月末日まで毎月末日毎に金六、四〇〇円ずつ。
(20) 同四七年九月一日から同四八年一月末日まで毎月末日毎に金七、二六五円ずつ。
(21) 同四八年二月一日から同四九年三月末日まで毎月末日毎に金八、〇〇〇円ずつ。
(22) 同四九年四月一日から同五〇年三月末日まで毎月末日毎に金一〇、五〇〇円ずつ。
(23) 同五〇年四月一日から本件土地明渡済みに至るまで毎月末日毎に金一万二、〇〇〇円ずつ。
(24) 前記(1)から(10)までの各金額に対する各支払期の翌日から同四一年六月末日まで年一割八分、同年七月一日から完済に至るまで年一割の各割合による金員。
(25) 前記(11)の金額に対する同四二年五月一日から完済に至るまで年一割の割合による金員。
(26) 前記(12)から(18)までの各金額に対する各支払期の翌日から完済に至るまで年一割の割合による金員。
(27) 前記(19)から(23)までの各金額に対する各支払期の翌日から完済に至るまで年一割八分の割合による金員。
(四) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(五) 仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告等の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告等の負担とする。
三、請求原因
(一) 被告富子の夫で、被告内村同金を除くその余の被告らの先代である亡江川喜代吉は、昭和二五年本件土地上の本件家屋を前所有者であった訴外丸平紙業株式会社(以下丸平紙業という)から譲渡をうけて所有権を取得し、同二七年一二月一日原告らの先代で、本件土地の所有者であった亡山本安次郎は、喜代吉に対し、本件土地を建物所有の目的で、期間を右同日より同四七年一一月三〇日まで、賃料一か月金六六円、毎月末日限り持参して支払うこと、賃借人が賃料の支払いを怠ったとき、その他地主の書面による承諾を得ずに賃借地上の建物を第三者に転貸したり、改築または増築してはならずこれに違背したときは、何らの催告を要せずに、賃貸借契約を解除することができること、賃借人が賃料の支払いを怠ったときは日歩五銭の割合による損害金を完済に至るまで支払うなどと定めて賃貸した(以下本件賃貸借契約という)
(二) 昭和三〇年原告安太郎は、本件土地の二分の一の持分権を贈与により取得し、同四二年その余の原告らは、残りの二分の一の持分権を等分に贈与により取得したので、本件土地は原告らの共有となり、かつ原告らは、本件土地の賃貸人たる地位を承継した。
(三) 前記喜代吉は、同四四年四月二〇日死亡し、被告富子、同和子、同智子、同恵子、同喜代志、同太栄子(以下被告富子らという)が本件家屋の所有権並びに土地賃借人の地位を相続した。
(四) 前記安次郎は、亡喜代吉に対し、本件土地の賃料を昭和三〇年四月一日金三六〇円に、同三二年一月一日、金六〇〇円に、同三六年四月二四日金七五〇円に、同三九年四月二八日金一、〇四〇円に、同四一年四月二七日金一、四五〇円に、同四二年四月二二日金二、〇〇〇円に、同四三年四月二八日金三、〇〇〇円に、同四四年四月三〇日金三、九〇〇円に、同四五年四月三〇日金五、四〇〇円にそれぞれ増額する旨の意思表示をしたが、喜代吉並びに被告富子らは、賃借人の変わる都度承認料名下に数十万円を受取り自らは昭和四一年四月以降の五年間に一〇〇万円以上儲けていながら、原告らには一か月の利益として、一回分の風呂代にさえ足りない程の極めて低廉な賃料を供託したのみで右増額に応じない。
(五) 被告富子らは、昭和四六年三月本件家屋を被告内村に賃貸するとともに、原告らが同月一六日付内容証明郵便をもって増改築をしないよう通告したに拘らず、被告内村において同月二四日から同年四月二六日まで、訴外中村広人をして、本件家屋のうち、西側入口部分を取りこわし、柱六本を撤去したうえ新らしい柱三本を入れて新規に作り直したほか、北側の壁面および六畳の間押入れに朽廃していた柱の補強として柱半分の割りを五本打ちつけ、壁面上部には新建材を貼りつけ、下部はモルタル塗りにし、南側三畳の間を四畳半に拡大し、東側の裏の部分には新らしく柱二本により屋根を補修し、屋根上に物干し台を作り、塀を設置るなど、無断で大規模な増改築を実行した。この間原告和子は、同年三月二五日直接被告内村方を訪ね、無断増改築禁止の特約があり、地主の書面による承諾を要する旨説明したところ、同人は、十分承知の上であると答え、増改築を続行したので、原告らは、被告富子らに対し、同月二六日付その頃到達の内容証明郵便をもって、改築工事の即時中止を求め、もしこれに応じないときは賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をしたが、被告らは工事中止に応じなかったから、本件賃貸借契約は、条件成就によりその頃解除された。
(六) よって被告内村同金に対しては、土地所有権に基き本件家屋からの退去を求め、その余の被告らに対しては、本件家屋の収去、土地明渡し並びに昭和四六年三月分までの不可分債務としての延滞賃料および同年四月分以降の共同不法占拠に基く賃料相当の損害金の連帯支払いを求めるため本訴におよぶ。
四、請求原因に対する被告らの答弁および主張
(一) 請求原因(一)の事実中昭和二七年一二月一日山本安次郎と江川喜代吉との間に原告ら主張のような本件賃貸借契約が締結されたとの点は否認、その余は不知。亡江川喜代吉は、昭和二五年訴外永井喜蔵から、本件家屋を買い受け、それと同時に、本件土地を山本安次郎から賃貸借したのであり、契約条項としては、賃料を一か月金六〇円とし取立払いとする旨を約していただけで、その他には何等の約定はなく、解除権留保付増改築禁止特約は存在しなかった。
(二) 同(二)の事実は不知。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四) 同(四)の事実中昭和三六年四月二四日以降原告ら主張のような賃料増額の意思表示のあった事実は認めるがその余は争う。右増額請求は不当であるのみならず、原告らの先代および原告らは従前のまゝの賃料では受領しないので、適正賃料を供託して今日に至っている。
(五) 同(五)の事実中昭和四六年三月被告富子らが本件家屋を被告内村に賃貸したこと、原告らが主張のように同月一六日付内容証明郵便をもって増改築をしないよう通告したこと、被告内村が、本件家屋の修理をしたこと、原告らが被告富子らに対し同月二六日付その頃到達の内容証明郵便をもって条件付契約解除の意思表示をした事実は認めるが、その余は争う。被告内村の行った修理は簡単なもので、建物本体には関係がなく、屋根上に物干台を作りその支えとして二本の柱を建てたり表三畳間を拡げたりしたが土地賃貸人たる原告らに著るしい影響を及ぼさない程度のものである。入口部分の修理は従来入居者が交替する都度行ってきたが、原告らは何らの異議も唱えたことはなかった。
(六) 同(六)の主張事実中被告内村およびその内妻である同金が、本件家屋を賃借占有していること、本件家屋が被告富子らの共有に属し、同被告らが本件土地を占有していることは認めるが、その余は争う。
(七) 本件土地には、地代家賃統制令が適用され、右統制賃料月額は、敷地面積を三九・六七平方メートルとした場合昭和三〇年四月一日金八一円、同三二年一月一日金八六円、同三三年四月一日金九三円、同三六年五月一日金一二〇円、同三九年五月一日金一三一円、同四一年五月一日金一四六円、同四二年五月一日金一六六円、同四三年五月一日金一九三円、同四四年五月一日金二一六円、同四五年五月一日金二七一円である。
(八) 仮に原告ら主張のように、本件土地賃貸借に解除権留保付増改築禁止特約が付随していたとしても、もともと建物所有者が、自己所有の建物に改変を加えるについて他人の制肘をうけるいわれはなく、木造家屋を堅固な建物に変更することを禁止するなどを除いては、合理的な理由がない。したがって、増改築禁止特約の制限的解釈は、土地賃貸借の本質に由来する当然の事柄であり、借地法の改正によっても簡単に左右されるべき性質のものではないから、昭和四一年の借地法改正後においても、この特約は制限的に解釈されているのであり、借地法八条ノ二第二項の規定は、借地人に許可を求める権利を与えたにとどまり義務を課したものではない。建物が朽廃する前にその修理をするのは、借地人固有の権利であって、そのため建物の寿命が伸長したからといって地主の期待権を侵害したことにはならない。
五、被告らの主張に対する原告らの答弁
(一) 本件家屋は地代家賃統制令の適用をうけない。亡喜代吉は、昭和二七年頃から同三〇年頃まで本件家屋で甘納豆の製造販売業を営み、その店舗をかまえていた。地代家賃統制令二三条二項但書同令施行規則一一条によれば、借地人の持家は、併用住宅に該当せず、同令の適用を除外されるところ、一度適用除外となったものには再び適用されることはないから今日まで引続いて同令の適用はないのである。
(二) 仮に右主張が容れられないとしても、被告富子らは、昭和三〇年五月以降借家人より統制賃料を大巾に上回る賃料を得ており、自ら統制を破りながら他方で統制賃料を主張することは、権利の濫用として許されない。
(三) もっとも、本件土地に統制令の適用があると仮定した場合の統制賃料月額が被告ら主張の金額であることは認める。
(四) なお、解除権留保付増改築禁止特約については、従来、土地賃貸人に対して著しい影響をおよぼすか否かが、その有効性を判断する基準とされてきたが、昭和四一年借地法改正に際し、同法八条ノ二に新しく規定が設けられ、賃貸人の承諾がなくとも、増改築しうるみちがひらけたから、従来のように、増改築禁止特約違反を理由とする解約に対して、厳格で、制限的な態度をもって臨まなくても、借地人は、前記規定の許可申立てをすることによって、もはや地主に対して一方的に不利な立場に立つことはなくなった。したがって現在では、厳格な制限的解釈による借地人の救済は不要であり、借地法八条ノ二の許可の裁判の実情をみても、建物の増改築が、概ね、必然的にその耐用年数の延長を生ずるものとして、更新料に準じて更地価格の五ないし一〇パーセントを給付すべきものとしているのである。しかるにこの正常なルートを無視して金銭の給付を免脱しようとする者を裁判によって保護しようとすれば、右の実情との均衡が失われ、正直者が馬鹿をみる結果になるから、借地法の改正により特約の存在に拘らず増改築を可能とするみちがひらかれた以上、借地人としては、その手続を履践すべきであって、これを無視して建物の増改築を強行するときは、契約解除の不利益を受けてもやむを得ないと言わなければならない。
しかるところ、被告らは、原告らに対して、一片の通告をすることもなく、協議の申出をすることもなく、かつ裁判所に許可の申立てをすることもなく増改築を強行し、原告らの制止もきかなかったのみならず、本件家屋の柱や基礎が朽廃しつつある時点で強行したため、建物の寿命の伸延をもたらしたことは、原告ららの期待権を侵害するものであって、到底継続的信頼関係を継持できないものである。
六、証拠<省略>
理由
一、本件家屋が被告富子らの共有に属し、被告内村がこれを賃借して、被告金とともに使用占有している事実は、当事者間に争いがない。
二、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件土地は、原告らの先代山本安次郎と山本徳治郎の共有であったが、昭和二七年二月九日徳治郎の持分権を原告安太郎が売買により取得し、次いで、同四四年一月二日贈与によりその余の原告らが、安次郎の持分権を取得し、原告らの共有となった。
(二) 本件家屋は、昭和一一年に、当時の借地人小林清一が建築した老朽家屋であるが、昭和二七年一〇月二〇日被告富子の夫で、被告内村同金を除くその余の被告らの先代である江川喜代吉が、前所有者丸平紙業から売買により所有権を取得し、同年一二月一日山本安次郎から、無催告の解除権留保付増改築禁止特約を含む原告ら主張のような約定で本件土地を賃借したものである。
(三) 江川喜代吉は、本件家屋に住み、昭和三〇年三月頃までいわゆる一文菓子屋を営んでいたが、その後他へ転居し、本件家屋は、他人に賃貸して、高額の家賃収入を獲得する手段に使用していたが、同四四年四月二〇日死亡し、被告富子らが同人を相続した(喜代吉の死亡および相続の事実は、当事者間に争いがない)。
(四) 昭和四六年三月一三日頃被告富子らは、本件家屋を被告内村に賃料月額金六、〇〇〇円で賃貸した(同四七年一二月分以降月額八、〇〇〇円に増額)が、同被告がクリーニング業を営むのに適するように本件家屋を改築することを承諾した。
(五) 原告らは、同年三月一六日その頃到達の内容証明郵便をもって、同四七年一一月三〇日限り本件賃貸借の期間が終了すること、本件家屋は、朽廃しており、増改築は認められないので、建物を収去して土地を返還するよう通知した(上記内容証明郵便をもって、増改築禁止を通知したことは争いがない)が、被告富子らは、同月二〇日付その頃到達の内容証明郵便をもって右通知による要望に応じない旨回答した。
(六) 被告内村は、同年三月二四日頃から改築工事に着工し、翌月下旬頃まで、本件家屋の旧入口バラベット部分を除去して新出口を設けたほか、一部柱の切除および補強工事をし、表三畳の間を四畳半位に拡張して天井、壁等に合板を張り、土間にはコンクリートを流し、建物の裏に柱二本を建て物干場を作り階段や板塀を設けるなどかなりの規模の改築工事を施行した。
(七) 原告らは、同年三月二六日付同月二九日到達の内容証明郵便をもって被告富子らに対し、右改築工事の即時中止を求め、これに応じないときは、賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をしたことは争いがない)が、同被告らは、これを無視し、借地法八条ノ二の許可の申立てもしなかった。その頃原告和子は、被告内村方を訪ね、賃貸借期間の満了の接近、増改築禁止特約の存在などの事実を告げて改築工事の中止を要望したが、同被告はこれを拒絶し、前記のとおり工事を続行しボイラーや洗濯機を設置し、居住して、クリーニング業を営んでいる。
以上の事実を認めることができ、被告富子、同内村各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、たやすく措信し難く、他にはこれを覆えすような証拠は存しない。
三、前記認定事実によれば、被告富子らは、本件賃貸借期間の満了を間近にひかえた時期において、被告内村をして、単なる修繕の域を超え、近い将来朽廃に至るとみられる本件家屋の寿命と賃貸借期間の伸長を結果すべき補強工事を含むかなりの規模の本件賃貸借における増改築禁止特約の対象とされた改築工事を実施したものであるから、被告富子らは、本件賃貸借に付随する無催告の解除権留保付増改築禁止特約に違背したことは多言を要しないところ、被告らは、前記のように原告らから、度々、工事着工の回避ないし中止の申出を受けていたのであるから、賃貸借の関係者としては、少くともその申出に対し被告内村に対し一時工事をひかえさせ被告富子らにおいて借地法八条ノ二第二項の裁判所の許可を求めるなど継続的契約関係にある者として相互の信頼関係を維持するに足る措置をとるべきであるのに、すべてこれを無視して前記のとおり妥協を認めない形で工事を強行したものであって、このような被告富子らの態度は、本件家屋を自己の住宅や店舗として使用するのではなく、既に投下資本をほとんど回収したと推定すべき状況下でこれをもって利潤獲得の手段方法として経済的機能を果させている以上、むしろ、利益衡量の比較においては、賃貸借期間の満了、建物の朽廃、これらに伴う借地の返還ないし前記許可申立てのあった場合における受給付の期待など原告らにおいて期待しても止むをえないと思われる経済的利益を一方的に喪失せしめて、原告らに著しい影響を与え、賃貸借における相互の信頼関係を破綻させたものと認めるのが相当である。
そうだとすれば、たとい被告内村の右工事が、土地の通常の利用上相当性があるものとしても、原告らがなした前記条件付契約解除の意思表示に基づき本件土地賃貸借契約は、工事完了後である昭和四六年四月末日をもって適法に解除されたといわなければならない。
四、亡安次郎もしくは原告らが、本件賃貸借につき昭和三六年四月二四日以降主張のように数回にわたり地代増額の意思表示をしたが、亡喜代吉ないし被告富子らがこれに応じなかった事実は、当事者間に争いのないところ、前記認定事実によれば、本件土地については、地代家賃統制令二三条二項、同令施行規則一一条の規定に照らし、昭和三〇年四月分以降同令の適用をうけるに至ったものと認められ、かつ被告富子らが、その頃から現在に至るまで統制賃料相当額として争いのない金額を供託しており、原告らにおいて内金として受領している事実は、原告和子本人尋問において同原告の認めて争わないところである。
五、原告らは、亡喜代吉が、本件家屋を自己の持家として、菓子製造販売業に使用し前記統制令の適用が解除された以上、再度同令の適用をうけることはありえないと主張するけれども、右は原告らの独自の見解に過ぎないから採用すべき限りではなく、更に原告らは、被告富子らが統制額を超える家賃で本件家屋を賃貸した点を捉らえ、本件土地に対する統制令の適用を主張することは、権利の濫用であると主張するが、借地人を含めた借地、借家関係者の統制令違反行為の有無によって本件土地に対する統制令の適用が左右されるべき道理は存しないから、原告らの右主張は、それ自体失当として採用することができない。
六、<証拠>を総合すると、亡喜代吉および被告富子らは、亡安次郎や原告らの土地明渡請求とこれを原因とする統制賃料の提供に対する受領拒絶を理由として、前記のように供託した事実が窺われるので、その供託には多少の遅滞があっても適法有効であって、契約解除後においても、被告富子らとの関係では、右金額が通常生ずべき損害額であるから原告らには結局損害がなかったことになると認められるので、被告富子らに対する契約解除前の賃料および契約解除後における損害金並びにこれらに対する遅延損害金の各請求は、いずれも失当として棄却すべきものである。
七、そうすると、原告らの本訴請求中、被告富子らに対する本件家屋の収去、土地明渡、並びに被告内村、同金に対する本件家屋からの退去を求める部分に限り正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条九三条、仮執行の宣言および免脱宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 仲江利政)
<以下省略>